(2002年8月30日の政治日記より抜粋)

とりあえず、本日の講義が始まる前に、手元にある東アジアの地図を見て下さい。いろんな国々がありますね。日本、台湾、中国、韓国、北朝鮮、そして東南アジアにあるASEANの10か国です。ASEANについては後ほど触れますので、まずは北東アジアの国々の配置を、目を凝らしてじっと見て下さい。何か、面白いことに気付かないでしょうか。

まず、日本ですが、日本はもちろんのこと海洋国家です。台湾もそうです。しかし、中国、韓国及び北朝鮮はまぎれもない大陸国家でございます。ぶっちゃけて言いましょう。ユーラシア大陸と、太平洋に通じる比較的大きな島の両方に渡って領土を持つ国家は、東アジアに存在しないのでございます(マレーシアは唯一の例外ですが、インドネシアが存在しているので、とてもではありませんが海洋国家とは呼べません)。そして、このように、陸のアジアと海のアジアをきれいさっぱり分断することこそ、アメリカの東アジア戦略の基本中の基本であります。

1950年代に、台湾に亡命した国民党政府を狙い、中国は何回か台湾侵攻のチャンスを狙っておりました。いわゆる海峡危機というものですが、アメリカが素早く中台海峡に艦隊を配備したため、台湾の安全は保たれることとなりました。しかし、これはアメリカが善意で行ったことでしょうか?

当時の記録を見る限り、決してそうではなかったことが明らかになります。(今はまだアップされていない)私の論文にも引用されておりますが、アメリカ国防総省は「中国による台湾支配は、直接的にアメリカの脅威とはなり得ないが、ユーラシア大陸の莫大な資源と、太平洋とインド洋につながる地理的優位を両方持つ国家が誕生することは、アメリカの利益追求にとって大きな障害になる」と報告しております。つまり、このためにアメリカは台湾を中共から守ったのでありました。

しかし、同時に興味深い事実があります。台湾は上記の危機を契機にアメリカと安保条約を結んだのですが、その条件として、アメリカは奇妙な約束を国民党政府に押し付けました。それは、台湾軍が90日分の弾薬しか所持することを許さない、というものでございます。この安保条約におけるアメリカの狙いは、数少ない武器を台湾に持たせることによって、(中国による台湾侵攻を防ぐのと同じように)当時蒋介石が真剣に考えていた台湾による大陸反抗を防ぐことにあったのです。このようにして、陸のアジアと海のアジアを完全に分断することによって、アメリカの利益が守られるわけでございます。

さて、台湾に言えることは当然日本にも当てはまります。在日米軍がなぜ居座っているのか。それは別に、日本を守るためだけに存在しているわけではありません。日本が大陸に触手を伸ばすことを防ぐことこそ、日米安保条約の醍醐味であり、真意であり、アメリカの東アジア戦略であります。アメリカにとって、同盟国を含めたいかなる国も、大陸の資源と海路への完全なアクセスの両方を手にしてはならないのです。

地政学を基にした政策形成は、国際政治の基本であります。何故、アメリカは日本にハルノートを突き付け、太平洋戦争を誘発させて完膚なきまでに叩きのめしたのか。それは、日本がユーラシア大陸に領土を確保したため、アメリカの利益追求の邪魔になったからにほかなりません。

現在、中国が日本と台湾にとって脅威脅威と騒がれておりますが、中国の軍備増強の真の目的は東南アジアの海路にあります。日本や台湾が所有するハイテク兵器に比べれば遥かに劣る装備を、海軍に積極的に導入しているのはこれが理由です。しかし、中国がASEAN諸国に影響圏を伸ばした場合、アメリカは決してそれを容認しないので、北東アジアに緊張を作り出し、中国の南進を抑止させるのは当然の成り行きでございます。物事を複雑にしているのは、実際に中国の兵力は数的に日本と台湾のそれを遥かに上回るので、両国にとって中国の実力が分かりにくく、アメリカの戦略に加担せざるを得ないところにあります。在日米軍が撤退し、日本軍が創設されるとしたら、それはアメリカが中国の更なる強大化を確認した後、ひとまず日本に身代わりになってもらうため以外にありえません。しかし、軍備を増強しないのも、中国軍の数的優位から見て、日本の安全にはあまりにもマイナスすぎます。だからといって、日本が軍備を増強し過ぎてあまりにも強くなれば、アメリカ+中国+ロシア VS 日本という夢のタッグマッチが実現しかねません。安全保障を米国任せにして来たツケを、日本が究極の選択という形で払わなければならない日が、刻一刻と近付いております。

さて、日本としては、現時点ではアメリカに従わざるを得ません。しかし、実際にユーラシア大陸から分断されているため、アメリカの戦略によって日本の国益が大きく損なわれていることは事実です。というか、食料と資源を外部に依存している日本にとって、存続さえままなりません。日本が自主的に繁栄しつつ生き残るには、何らかの形でユーラシア大陸に同盟を持たねばならないのです。しかし、在日米軍が存在する限り、日本はユーラシア大陸に存在する資源から、半永久的に切り離されます。日本の、大陸での同盟国探しなど、大陸に根を張ることにつながるような行為は、陸のアジアと海のアジアが米国によって分断されている限り、根本的に不可能なのであります。

どちらにしろ、今後のアメリカの東アジア戦略は、中国との緊張を作り出すことに確実にシフトしていきます。このまま進めば、(アメリカだけが得をする)戦乱は避けられません。しかし、日本にとって(最小限の軍備増強で済むと同時に)最大限の国益になり、台湾の安全を保障し、同時に中国人民の生命を守りつつ、アメリカの東アジアにおける影響力を排除する最後の手段が存在します。それこそが、中国の分裂にほかならないのです。中国が小国の集まりとなることによって、陸のアジアと海のアジアを分断させる理由そのものが失われるからでございます。しかし、この方法は実のところ、高度な力学的計算を駆使しなければ、日本にとって危険な諸刃の剣となります。陸のアジアと海のアジアを分断させる理由がなくなれば、間違いなく米軍は去ります。ですが、それは必然的に日本の再軍備を伴うことになり、ちょっとでも軍備増強の程度と同盟形成の相手を誤れば、上記の夢のタッグマッチが(たとえ中国が分裂したとしても)必ず実現するからにほかなりません。