北朝鮮の存在意義

(2002年3月15日の政治日記より抜粋)

道義的問題はともかく、北朝鮮は歴史的に見て、実は東アジアの安定に必要不可欠な存在である。現実主義理論には「緩衝地帯」という考えがあるが、北朝鮮がそれにあたる。緩衝地帯が存在することによって、敵対する勢力が引き離され、武力衝突の危険を避けることができるからだ。分かりにくいだろうか?東南アジアのカンボジアが良い例である。カンボジアは、アメリカの同盟国であったタイと、ソビエトの支援を受けていたベトナムの間に存在した緩衝地帯だった。ベトナム戦争後、中国に支援されたクメール・ルージュがカンボジアを支配し、同政権は米ソ両国どちらにもつかなかった為である。

要するに、緩衝地帯とはバランサー(権力の均衡を取り持つ仲介者)である。実は、クメール・ルージュ誕生時中国とアメリカは実質的同盟関係にあった為、この緩衝地帯成立には米国の思惑が絡んでいたことが推測されるが、現時点ではそのような証拠は見つかっていない。とにかく、緩衝地帯が存在することによって、敵対勢力の間に物理的な距離が空く。これは地政学的に大きな意味を持つ。なぜならば、緩衝地帯がそこにあるだけで、敵対する勢力が、陸軍を使いお互いの領地を即時占領することができなくなるからだ

だからこそ、カンボジアが1979年にベトナムによって侵略されたとき、東南アジアは極度の緊張状態に突入した。中国がベトナムに侵攻、それまでお互いを敵視していたASEAN諸国が結束、そしてタイが中国と同盟関係を結び、米中タイ三国によるクメール・ルージュ支援作戦が始まったのである。このように、緩衝地帯が消えることは、それだけで不安定要因になるのだ。

では、北朝鮮を見てみよう。冷戦期には北朝鮮はソ連の支援を受けていたが、それが北東アジアの不安定要因であった。アメリカにバックアップされた韓国と、国境を直接分け合っていたからである。つまり、冷戦の時点では、北朝鮮は緩衝地帯ではなかったのである。しかし、ソ連解体によって北朝鮮は北からの支援を受けることができなくなる。また、ロシアも自国の経済衰退によって、実はシベリア駐在の軍隊を大幅に縮小している。アメリカが、ソ連解体後ロシアに柔和な態度を見せているのはこれが直接的な原因である。アメリカは、ロシアを脅威として捉えていないのだ。

では、ロシアにとって使用用途がすでに消えた北朝鮮は、なぜ今も残っているのか?答は簡単である。利用価値があるからだ。奇しくも、ソ連解体から遡ること3年、中国の天安門事件によって、アメリカに於いて「中国脅威論」というものが生まれた。それに脅威を感じた中国は、急速な軍備増強を進めることになったのだが、この時点から、北朝鮮は「ソ連の駒」から米中の間に存在する緩衝地帯へと、存在意義をシフトさせていったのである。

2020年現在の注記

北朝鮮の立地を制する国は、北京を即座に制圧できる地上部隊を国境沿いに配備することが可能となる。従って、米国が物理的に北朝鮮を潰すときは中国との一戦を覚悟しての動きとなろうが、その場合中国もリアクションを迫られることから、米国は北朝鮮を生かさず殺さず、制裁を続けることで封じ込める他に選択肢は無い。中国と北朝鮮は同盟関係にあると認識されているが、中国にとっても北の核ミサイル開発は自国への深刻な脅威であり、中南海はこれからも腫れ物に触るように接することを迫られる。このため、北朝鮮は緩衝地帯として生存を許され続ける、というのが一般的な解釈である。

韓国が切望するシナリオは南主導の南北統一と米軍の撤退を合わせた完全独立であるが、その場合は即座に、電撃的に中国の影響圏に取り込まれるだろう。米軍が不在であれば遠慮は無用。自国の脅威を見過ごすほど、中国は甘くは無いからである。