WWDC基調講演に見るAppleの対中配慮

私は高校時代からMacを使い続けています。同級生がMS-DOSやWindowsに汚染されていく中、「俺はお前らとは違うんだ」と言いたかっただけのように思います。そんな厨二病な理由で使い始めて、はや四半世紀。反骨の象徴だったMacはもはやエンジニアのマストアイテムとなり、iPhoneを街中で見ない日は無い。スタバでドヤァと広げられた銀色のMacBookを見た日には、「そのリンゴ、実は逆さまですよ」という心の中のツッコミを入れずにはいられない。そんな厄介極まりないインターネット老人会メンバーの、管理人masaです。

Appleの中国依存問題

さて、Apple製品を惰性で心から愛する私ですが、米中対立の中、Appleの中国マーケットへの依存は同社の深刻な経営課題として指摘されています。具体的には、中国はAppleにとって米国に次ぐ第二の市場であり、GSのアナリストによれば、仮に中国政府が販売禁止処分を下せば、純利益の約3割、年間150億ドル(約1兆6500億円)が吹き飛ぶとの試算です。世界第二の経済大国となった中国の購買力向上を象徴するような話ですが、同社のティム・クックCEOは米大統領選の行方に気が気でないでしょう。

WWDC基調講演

そんな中、Apple最大のイベントであるWWDC(World Wide Developer Conference)が今年も開幕しました。特に毎年初日に行われる基調講演は、OSのメジャーアップデートや新製品発表が行われるMacユーザー注目の場であり、今回はIntelプロセッサからARMベースのApple Siliconへの移行が発表されるといった、多くの発表がありました。Twitterでは本邦時間深夜に関わらずちょっとした祭りになっていたので、以下の基調講演動画を観た方も多いのではないでしょうか。

OSやプロセッサ移行といった技術的な話題は複数のメディアが取り上げているので詳細は触れませんが、ここでは如何にAppleが中国マーケットに配慮した製品開発を行っているかという、ニッチな話題を掘り下げたいと思います。

Mapアプリのサイクリング対応

次世代iOS(iOS14)ではMapアプリが強化され、サイクリングルートが移動手段のナビゲーションに追加されます。以下が対応する都市のリストです。

NY、LA、SFに加えて上海・北京が並びます。東京は無いの?という声が聞こえてきそうですが、今や日本のマーケットの扱いはそんなものです。ナビゲーションはそれなりの投資を伴うアルゴリズムを組む必要があります。特に自転車ルートは小さい路地も含み極めて複雑な仕様となることから、東京は今後に期待、といったところでしょう。

北京の交通規制対応

北京市では交通量緩和のため、乗用車ナンバープレートの奇数ナンバーと偶数ナンバーで市中心部を運転できる曜日が決まっているのですが、Mapアプリのカーナビが対応しましたよ、という話です。地味ですが強烈なトピック。これ、スマホの位置情報で治安維持に貢献しますと明言しているようなもので、北京市公安当局からすれば、携帯番号、スマホGPSと乗用車ナンバーを紐付けて監視映像の漏れを無くす、願ったり叶ったりの機能でしょう。一般ユーザーからしてみれば利便性は向上するので、まさに幸福な監視社会。Appleも思い切ったな、という印象です。

Scribble

iPadOSの新機能「スクリブル」です。どこでも手書きでメモを取ることが出来、瞬時にテキストへ変換してくれます。これも地味に凄い。基調講演では英語と中国語を例示しています。中国語は人によって手書き文字の判別が難しいので、後ろで辞書ライブラリを走らせているんでしょうか。日本語対応は未発表ですが、簡体字を認識できて日本語に対応できないわけがないので、こちらは単純に発表していないだけか、時間の問題のような気もします。

Apple Siliconに死角は無いか

個人的には、これに最も注目しています。ARMベースの新プロセッサ採用。英Arm社はソフトバンクグループの100%子会社で、「ARMアーキテクチャ」という半導体設計仕様をライセンス供与している企業ですが、世のスマホはこれが無いと成り立ちません。AppleはこれまでもiPhoneやiPadにARMベースの自社開発チップを搭載していますが、Macは米Intel社のプロセッサを使っているため、米中貿易摩擦を起因とする米国技術移転規制により、米国で開発された技術を用いた半導体を中国でMacに組み込む工程が困難になるのでは、と一時囁かれていました。

ARMアーキテクチャは消費電力が優れているといった利点があり、基調講演でもそれが強調されていましたが、米国技術から英Arm社技術への切替によって将来の米中対立激化に備えた、という見方も可能です。特に、研究開発拠点を含むArm社の中国現地法人は中国政府資本が入るコンソーシアムが持分比率の51%を握ることから、最悪の場合、米国向け製品と中国向け製品の製造ラインを特許技術の段階から完全に分断する対応も可能にするという、かなりギリギリの経営判断があったのではないでしょうか。

1984

Appleはジョージ・オーウェルの傑作ディストピア小説「1984年」を題材にしたスーパーボウルCMでマッキントッシュを発表し、当時IBMに代表されたビッグブラザーに華々しく喧嘩を売ったことで知られています。

そのAppleが現代のビッグブラザーに依存してビジネスをしている、というのは歴史の皮肉以外の何者でもありませんが、こうした対中配慮は、上場企業の経営に於いて選択肢は無いでしょう。スタバで逆さまのリンゴマーク(昔のPowerBookのロゴと比較して逆、という意味ですよ。念のため)を見るたびに、かつての反骨精神を思い出しながら、世の無常を実感するのです。俺もお前も丸くなったな、と。

色々と述べましたが、PowerPCの二の舞にならないかが、実は一番心配だったりします(違